言葉濁すJR東 御料車庫 の存在
JR東日本が御料車庫を解体している―。3月、SNS上をそんな目撃談が駆け巡った。御料車庫は東京都品川区役所のそばに立つれんが造りの細長い倉庫。天皇陛下が乗る特別な鉄道車両(御料車)を保管している。インターネット上ではそんな解説が簡単に見つかる。ところがJR東日本に問い合わせると「我々はあれを御料車庫とは呼んでいません」とかみ合わない。
JR東日本が言葉を濁す「れんが建築物」の正体 実は皇室専用車両の保管庫だった ネットでは周知の事実、なぜ隠す?
JR東日本が御料車庫を解体している―。3月、SNS上をそんな目撃談が駆け巡った。御料車庫は東京都品川区役所のそばに立つれんが造りの細長い倉庫。天皇陛下が乗る特別な鉄道車両(御料車)を保管している。インターネット上ではそんな解説が簡単に見つかる。ところがJR東日本に問い合わせると「我々はあれを御料車庫とは呼んでいません」とかみ合わない。 反論しようと資料を漁ったところ、国鉄が刊行した書籍を見つけた。例の建物は、地図や写真付きで「御料車庫」と書かれている。ただ、その証拠をぶつけてもなお、JR東日本は「あれはれんが建築物です」とかたくなだ。最終的には渋々認めたのだが、ここまで〝及び腰〟な扱いをされる御料車庫とは、一体何なのか。その歴史と、解体後の行く末について追った。(共同通信=山本俊輔) ▽道路から丸見え JR東日本は、品川区に東京総合車両センターを持つ。車両センターは文字通り、終電から始発までの間に電車を留置したり、車両を定期検査したりするための一大拠点だ。その広大な敷地の南西側、品川区役所との境界付近にある倉庫が、御料車庫だ。
「御料車」とは、皇室が使う自動車や列車のうち、宮内庁の随行員などではなく天皇、皇后両陛下が乗る車両を指す。鉄道の場合、車両は製造時の最高の技術・美術工芸を結集して造られ、機関車と連結して「お召し列車」として運行する。御料車庫には、その歴代の車両の一部がある…と説明すると秘密のベールに包まれているように思われる。 だが、車庫は付近の歩道や区役所の他、車両センター沿いを走る東急大井町線の電車内から丸見え。SNSにもショベルカーが車庫を壊す写真や動画がアップロードされていた。 この原稿を書いている2023年4月時点では、グーグルマップ上にも「御料車庫」と表示されている。こんなに公然と存在する施設なのに、JR東日本に「あれは御料車庫なんでしょ?」と聞くとはぐらかされた。なぜだ。 御料車そのものも、詳細は機密事項というわけではない。廃車になった車両は、さいたま市の鉄道博物館や愛知県犬山市の博物館明治村で展示されている。
近年お召列車を務めるE655系のうち、皇室行事などで使用される特別車両も通常はこの御料車庫で保管されており、E655系登場以前にお召列車として使用されていた1号編成も、この御料車庫を基地としていました。また、大正期からお召列車や皇室行事で使用されてきた歴史ある車両の一部も、この御料車庫で厳重に保管されています。
築100年をまもなく迎えようとする御料車庫の建物ですが、どうして解体されてしまうのでしょうか。
この開発にあたり、新に建設される道路が御料車庫と重なることとなったため、今回解体に至った模様です。
東京総合車両センターの前身の一つである、国鉄大井工場が現在地に移転してきたのが1915年(大正4年)のことで、御料車庫はそれから間もない1924年(大正13年)ごろに建設されたと言われています。この車庫がいつから皇室関係の車両を保管する建物として使用されていたのかははっきりしないようですが、同じく大正期には原宿駅にいわゆる宮廷ホームが完成、そうなると同じ山手貨物線に車両基地が作られるのは当然のことで、その頃から御料車庫として使用されていた模様です。
お召列車として使用されてきた歴代の御料車両を保管している、東京総合車両センターの一角、通称「御料車庫」の解体が始まったと話題になっています。
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