JAL機炎上「乗務員証言」の全容

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JAL機炎上「乗務員証言」の全容
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JAL機炎上 乗務員証言 の全容

酸素が切れた頃から、機体の揺れが大きくなり、客室乗務員も立っていられないほどになった[13]。18時47分以降は、緊急着陸(着水)に備え救命胴衣着用が指示された[報告書 6][注釈 6]。その後、乗客は不時着時の衝撃に備え、前席に両手を重ね合わせて頭部を抱え込むようにし、全身を緊張させる姿勢(不時着時の姿勢)をとった[13]。

33分頃:JALはカンパニーラジオ(社内無線)で123便に交信を求める。

26分54秒:チーフパーサーは全客室乗務員に対し、機内アナウンスで酸素ボトルの用意を指示した[別添 2]。

45分36秒:航空無線を傍受していた横田基地が123便の支援に乗り出し、英語で123便にアメリカ空軍が用意した周波数に変更するよう求めたが、123便からは「Japan Air 123、Uncontrollable(JAL123便、操縦不能)」と応答した。東京ACCが「羽田にコンタクトしますか(東京APCと交信するか)」と123便に尋ねるが、123便は「このままでお願いします」と応答した。

カセットテープの最初の音声は、操縦席と客室乗務員とのやり取り。

31分40秒:航空機関士に対し客室乗務員から客室の収納スペースが破損したと報告が入る。33分、航空機関士が緊急降下(エマージェンシー・ディセンド)と酸素マスク着用を提案[注釈 14]、35分、羽田空港にあるJALのオペレーションセンターとの交信では航空機関士が「R5(機体右側最後部)のドアがブロークン(破損)しました」と連絡している。

マケラス氏はまた、全ての脱出口が開いていない様子から、炎から離れているのはどのドアかを乗務員が明確に把握していたのだろうと指摘した。一方で、パニックに陥った乗客が例えばロッカーから荷物を取ろうとするなどすれば、それで避難が遅れる可能性もあったと付け加えた。

羽田空港での日航機の炎上事故から2日で1カ月が経ちます。テレビ朝日は日本航空がパイロットや客室乗務員から聞き取った内容の全容を入手しました。乗客の命を救った脱出までの状況が明らかになりました。

49分:JALがカンパニーラジオで3分間呼び出しを行ったが、応答はなかった。

客室乗務員は乗客に対し機内アナウンスで、「幼児連れの親に子供の抱き方の指示」「身の回りの確認」「予告無しで着陸する場合もある」「地上と交信できている」等と案内していた[別添 2]。事故現場からは殉職した客室乗務員が書いた「不時着後の乗客への指示を列挙したメモ」も見つかった[14]。

27分2秒:東京ACCが123便に緊急事態を宣言するか確認し、123便から宣言が出された。続いて123便に対してどのような緊急事態かを尋ねたが、応答はなかった。このため、東京ACCはJAL本社に123便が緊急信号を発信していることを知らせる。

運輸安全委は航空事故調査官6人を現場に派遣し調査を開始した。警視庁も3日、東京空港署に捜査本部を設置し、現場検証を実施。業務上過失致死傷容疑で捜査を始め、関係者への聴取を本格化する。 事故は2日午後5時50分ごろ、羽田空港C滑走路で発生した。日本航空516便(乗客乗員379人)が着陸時、第3管区海上保安本部羽田航空基地所属の航空機(乗員6人)と衝突し、炎上した。 国交省と海保は2日の記者会見で、日航機はC滑走路の南側から着陸しようとしたと説明。「海保の機体が(滑走路に)あり、そのまま衝突した」と明らかにした。海保機は事前に決められた誘導路を走行していたといい、両機とも事前の整備点検で異常が見つかったとの報告はなかった。 同省などは管制官と両機のやりとりについて、「詳細を確認中」と繰り返し、具体的な内容は明らかにしなかった。 一方、日本航空は3日未明、乗員への聞き取りを行った上で「管制からの着陸許可を認識し、復唱した後、進入・着陸操作を実施した」と発表した。脱出時、機内アナウンスのシステムが作動せず、客室乗務員がメガホンと肉声で乗客を誘導し、安全に脱出できると判断した3カ所の非常口を使用したという。

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