消えた「2千円札」今どこへ?

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消えた「2千円札」今どこへ?
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消えた 2千円札 今どこへ

タクシーは片側三車線の国道に入った。運転手はしゃべり続けている。 「はずせない条件は、やっぱりあれですかね。なるべく人知れずひっそり。樹海でと思ってらしたぐらいですもんね。わかる気がします。電車に飛び込むなんてのは、いかがなものかと思いますよ。人さまに迷惑がかかりますからねえ」 案内標識に〈天竜 浜北〉の文字が見えた。どうやら北に向かっているらしい。 運転手の言うことを真に受けたわけではない。どこかに泊まったところで、眠れるとは思えなかった。睡眠薬は切らしてしまったし、酒をあおる気にもなれない。安ホテルのベッドで天井のしみを見つめているぐらいなら、車に揺られていたほうがまだましな気がしただけだ。 「だとしたら、今向かってる場所はぴったりだと思うんです。この辺じゃあ、ちょっとした自殺の名所だそうですよ。ダムなんですけどね。天竜川の佐久間ダム。わかります? ほら、飯田線に佐久間って駅が――あ、ところでお客さん、どちらから?」 「――名古屋」頭を使うのが面倒で、本当のことを言った。 「ああ、だったらご存知でしょ。日本第何位だかの大きなダムですからねえ」 「運転手さんは、そこに何の用」 「私? 私はダムなんかに用はありませんよ。もっと手前です。同じ天竜川沿いの、ある場所なんですけどね。先にそっちへ寄らせてもらっていいですか」 「――うん」 「そういえば」と運転手が一瞬だけ首をうしろに回した。「食あたりは、もう大丈夫なんですか?」 「――ああ」食あたりだったわけではないが、吐き気はおさまっている。 「今回はちょっとあれでしたけど、うなぎお好きなんですね。だって――」言葉を探すように一拍空けた。「そんなときに、わざわざ『くろかわ』まで」 前段は合っているが、後段はちょっと違う。 富士山に向かおうと決めたのは、ほんの数時間前のことだ。一昨日あたりから、もういつでも死ねる気がしていた。死に場所について考えていたとき、以前テレビで見た青木ヶ原樹海の風景がふと頭に浮かんだ。すると、まるで強迫観念のように、一度そこへ行ってみなければという思いに駆られた。今になって思えば、運転手の言うとおりだろう。自殺イコール樹海というのは、恥ずかしくなるほどに短絡的だ。 だが、ここ二週間はそんなことが多い。思いついたことを確かめたり試したりしないでいると、何かやり残したようで、たまらなく不安になるのだ。小心者のまま思考力が低下すると、そうなるのか。あるいはただのノイローゼかもしれない。 午後八時前、栄の「ビジネスホテルやしろ」を身一つで出てきた。ビジネスホテルと名乗ってはいるが、トイレもシャワールームも共同の安宿だ。長期の宿泊客が多いらしく、一週間分を先払いすると、一泊あたり千九百円になる。タバコと現金だけポケットに突っ込み、携帯は部屋に置いてきた。充電が切れたままだったし、まだ使えるかどうかもわからない。先月末の支払いをしていないのだ。 計画のようなものは何も持ち合わせておらず、とにかく鳴沢村までたどり着ければいいと思っていた。名古屋駅で新富士駅までの切符を買い、こだま号に乗りこんだ。 新幹線が浜名湖を横切っていたとき、ああ、うなぎだ、と思った。腹が減っていたわけではない。食欲がわくという感覚など、とうに忘れている。うな重が一番の好物だったことを思い出したのだ。このまま通り過ぎたら、やり残しが一つ増える。浜松駅で停車すると、衝き動かされるようにして新幹線を飛び降りた。すぐさまタクシーに乗り込んで、運転手にすすめられるまま、「くろかわ」へ向かったというわけだ。 赤信号で止まると、運転手が窓を下ろした。顔を外に出し、うしろの空に目を向ける。 「よく晴れてる」運転手は満足げにつぶやいた。月の様子を確かめていたらしい。 信号が変わり、車列が動き出す。対向車の数が減り始めていた。道路沿いには、明かりの消えた店舗に混じって、低層のマンションが目立つようになっている。 「知ってました?」 運転手が前を向いたまま訊いてきた。 「月ってね、いつも地球に同じ面を向けてるんですよ」 「――ああ……」聞いたことがある気もする。 「だから、いつも同じ模様が見えるでしょ。月のウサギ。あの黒っぽい部分は、月の海といいましてね、溶岩が広がった平らな地形なんですよ。月の裏側っていうのは、地球からは見えない。表と裏があるなんて、ちょっと人間ぽいですよね」 表と裏――。 祐未(ゆみ)と離婚したことを伝えたとき、父は彼女を評して、「やっぱり裏表のある人間やったか」と言った。いかにも父の言いそうなことだが、当たっていない。祐未は、どこにでもいる、ごく平均的な性質の女だ。適度に善良で、当たり前に打算的。裏の顔などない。彼女にあんな決断をさせてしまったのは、他でもない、この自分だ。 結婚したのは三十三歳のとき。もう十五年も前になる。祐未はまだ二十三だった。デザイナー見習いとして配属された彼女に先に惚れたのは、こっちだ。少し甘えた声で些細なことでも質問してくる姿が、かわいいと思った。イタリアン、寿司、焼き鳥と、何度か食事に誘い、交際にこぎつけた。専門学校を出たばかりの祐未には、店の選び方も振る舞いも、ずいぶん大人に映ったらしい。下見を繰り返したおかげだ。 初めて祐未を岐阜の実家に連れて帰ったとき、父はいい顔をしなかった。まだ若すぎるだの、浮ついた感じがするだのと言っていたが、本音は違う。美術系の専門学校を出たというのが気に入らなかったのだ。父にとっては、デザインの勉強など遊びと同じだ。大卒の息子とは釣り合わないと思ったのだろう。 父が反対するなら、勝手に籍だけ入れてしまうつもりだった。それを嫌がったのは母だ。一人息子にどうしても結婚式を挙げさせるのだといって、父を説得した。結局、名古屋市内のホテルでそれなりに盛大な披露宴をやった。燕尾服の父は、終始難しい顔で向こうの親戚から杯を受けていた。十も年下の若い花嫁は確かに美しく、友人たちにやっかまれた。 当時勤めていたのは、東海地区で最大手の広告代理店だ。結婚の翌年にはクリエイティブ・ディレクターに昇格した。同期では一番乗り。プレッシャーはあったが、自分の仕切りで広告をつくることができるという喜びのほうが勝っていた。 給料も上がり、名古屋市内に3LDKの新築マンションを買った。なぜそんなものを買う必要があるのかと、父は当然のように反対した。資金援助を頼むつもりはなかったので、聞く耳は持たなかった。退職金で一括返済ができることを見越して、三十五年ローンを組んだ。 祐未には、数年は子どもをつくらないでおこうと提案した。一番の理由は、彼女がまだ若かったことだ。子育てで疲弊させるのはかわいそうだと思ったし、しばらく二人だけの生活を満喫したかった。祐未自身も、急ぐ必要はないと考えているようだった。 祐未は会社を辞めなかったので、世帯収入は十分あった。仕事は忙しかったが、外食や旅行も存分に楽しんだ。二人のためだけに金を使っていた。不安はなかった。公私ともに、すべてが順調に思えた。

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