万博に長さ135メートルの回転寿司
万博の出店で回転寿司の認知度は海外でも高まった。元禄寿司の店舗は、とくに人気が高かったアメリカ館やソ連館に比較的近かったこともあり、日本人だけでなく外国人客も数多く訪れた。回転寿司は海外でも知られるようになり、その後の海外展開へとつながっていった。「大阪万博は日本の外食産業の夜明けだった。もし(元禄寿司が)出店していなかったら、その後の回転寿司の発展は遅れていたことだろう」と博志氏は話す。
ものづくりのまちで生まれ、食い倒れのまちにもお目見えした回転寿司は、その大阪で開催された万博で大きく成長する。「東大阪からだれか万博に出てくれないか」という地元の商工会議所からの打診を白石氏は引き受けた。そして元禄寿司は、広大な会場内を周回するモノレールの西口駅前という好立地に出店した。万博が開幕すると徐々に客足が伸び、やがて大行列に。ネタごとに提供する余裕がなく、握りのセット(300円)を寿司桶に入れてレーンに流したという。白石氏や従業員は早朝に出かけ、午前0時を回って帰宅という毎日だった。当時は大学生だった博志氏も夏休みには手伝いに出かけた。「今と違って当時はエビの皮をむいたりノリを切ったりするところから寿司作りを行っていた。とにかく忙しかったことしか記憶にない」という。
大阪万博には、元禄寿司のほかにも、国内企業のロイヤル(当時)が運営したアメリカ式のファミレスやアメリカのファーストフード店、ケンタッキーフライドチキンなどが登場し、多くの日本人が新しい食文化に触れた。万博後の1970年11月にはケンタッキーフライドチキンの国内1号店が愛知県名古屋市にオープンし、翌年12月にはロイヤルが運営するロイヤルホストの1号店が福岡県北九州市に開店。1970年は「外食産業元年」と位置付けられることとなり、元禄寿司はファーストフードやファミレスとともに記念すべき年の歴史の1ページを刻んだのである。
(ご参考)▽未来社会ショーケース事業について 未来社会ショーケース事業は、大阪・関西万博のテーマである「いのち輝く未来社会」を支える技術・サービスを、2025年以降の未来を感じさせる「実証」と2025年の万博にふさわしい「実装」の形で、「未来社会の実験場」となる万博会場の整備、運営、展示、イベントなどに活用し、国内外の幅広い参加者や来場者に、体験として提供する事業群の総称です。
万博初出店となるくら寿司。 『最先端のレストランモデル』をテーマに、廃棄予定だった「赤貝」の貝殻を再利用し、店の外壁を造る取り組みに挑戦します。 店内には、くら寿司お馴染みの回転ベルトも。 くら寿司史上最長、およそ135メートルのベルトになるいうことです。
1970年の大阪万博を象徴するモニュメント「太陽の塔」の3つの顔のうち、「太陽の顔」を製作したのが、東京都稲城市でFRP(Fiber Reinforced Plastics=繊維強化プラスチック)の製造を手掛けるスーパーレジン工業株式会社だ。
来年4月に開幕する大阪・関西万博に、およそ『135メートル』の回転ベルトを要する「回転寿司」が登場します。 回るのは、寿司だけでなく、世界各国の料理です。
回転寿司チェーン・「くら寿司」は、来年開催される大阪・関西万博にレストランを出店します。 回転寿司は1970年に開催された大阪万博でも登場し、世界からの注目を集めました。 この万博が国内外で回転寿司の認知度を高めるきっかけになったと言われています。
万博会場内において、日本食文化の魅力と「未来のすし屋」を体感できる「スシロー未来型万博店舗(仮称)」を出店します。 会場内の飲食施設での飲食は、来場者が楽しみにされている重要な体験です。本施設では、大阪・関西万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」や、コンセプトである「未来社会の実験場」を具現化することを目的に、SDGs達成に向けたフードロス削減や資源循環に配慮した持続可能な取り組みが計画されています。
読売新聞「挑む万博」プロジェクトでは、2025年大阪・関西万博やSDGs達成に向けたさまざまな取り組みを伝えます。
【速報】長さ「135メートル」回転寿司 くら寿司 大阪・関西万博に出店回るのは寿司と「世界各国の料理」
来年4月に開幕する大阪・関西万博に、およそ『135メートル』の回転ベルトを要する「回転寿司」が登場します。回るのは、寿司だけでなく、世界各国の料理です。
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