対米投資への懸念 企業から相次ぐ
IRA発効以前から米国内で稼働する施設でのクリーンエネルギー生産に対し、税額控除措置の恩恵を受ける企業もあるだろう。その代表例の1つにパナソニックが挙げられる。同社の2023年度決算概要によると、もともとテスラとの合弁事業として、ネバダ州で稼働している燃料電池ギガファクトリーで生産する電池セルがIRAに基づく先端製造業に対する税額控除(IRC45X)の対象に該当し、年間で約13億ドルを控除できる見込みだという。また、同社が製造する車載バッテリーは30 Dが求める要件を充足することから、EV需要によるプラス効果も期待できる。加えて、2022年10月に発表したカンザス州のEV対応車載用バッテリーの新規工場(2022年11月2日付ビジネス短信参照)がフル稼働すれば、さらに年間約10億ドルが控除対象になると見込むなど、IRAが同社にもたらす増益効果は際立っている。
2022年は低い伸びにとどまった米国の対内直接投資だが、2023年に入ってからも明確な回復を見通せない状況が続いている。上半期(1~6月)に実行された外国企業による対米M&Aは、件数、金額ともに前年同期並みの水準にとどまったほか、前年から継続するドル高や主要投資元の欧州などでの高金利、政治・経済両面におよぶ世界的な不確実性の高まりは投資家心理を冷やし、下半期のM&Aに対する逆風となっている。英国フィナンシャル・タイムズのデータベース「fDi Markets」によると、製造業を中心とした外国企業の対米グリーンフィールド投資は2022年に件数、金額ともにデータ遡及(そきゅう)可能な2003年以来の過去最高を記録した。今後は、2022年に発表された半導体やEV関連の大型投資が順次実行に移されることが期待される一方、短期的には半導体需要の停滞や消費の鈍化が予想されている。
日本からの直接投資残高は、前年比63億ドル増の7,752億ドルとなった。内訳をみると、最大のシェア(21.6%)を占める化学の直接投資残高が13億ドル増の1,673億ドルとなった(表2参照)。化学の直接投資残高は2010~2022年の間、年平均で23.5%の成長率を記録し、日本の直接投資残高の増加を牽引してきた。他方、2022年単年でみると、成長率は0.8%とほぼ横ばいだった。例年と異なり、大型の対米M&Aが少なかったことが一因に挙げられる。日本企業の主な動きとしては、富士フイルムが2022年11月、1億9,000万ドルを投じてノースカロライナ州に細胞培養の培地の生産拠点を新設すると発表した。同社は2021年3月にも、同州で20億ドルを投じてバイオ医薬品の製造拠点を建設すると発表している。そのほか、花王によるテキサス州での生産拠点の新設(2022年2月)、AGCの製造・開発受託子会社AGCバイオロジクスによるコロラド州での製造設備能力増強(2022年5月)などが明らかになった。
半導体やバッテリーなど重要製品の国内サプライチェーン強化を図るバイデン政権が、2021年以降に相次ぎ成立させたインフラ投資雇用法(2021年11月)、CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法、2022年8月)、インフレ削減法(IRA、2022年8月)に基づく補助金や税額控除などの投資インセンティブは、外国企業の対米投資マインドを活性化させている。ただ、投資家の間では、国内の人手不足や生産コスト高など構造的課題に対する懸念も根強く残る。こうした投資家の懸念を払拭(ふっしょく)すべく、バイデン政権は産業人材の育成やインフレの抑制に取り組んでいるが、製造基盤の強化につながる外国企業の投資が今後着実に実行されるのか、その行方が注目される。
投資元上位5カ国をみると、日本が前年比0.8%増の7,752億ドルとなり、2019年以降、4年連続で首位を維持した。日本に次いでカナダ(6,838億ドル)、英国(6,606億ドル)、ドイツ(6,188億ドル)、フランス(3,602億ドル)が続いた(図参照)(注2)。前年から上位5カ国の順位に変動はなかったが、日本の増加幅が63億ドルと小幅だったのに対し、カナダと英国はそれぞれ547億ドル、435億ドルと大きく増加した。この結果、米国の対内直接投資残高に占める国別シェアでは、日本が前年の15.3%から14.8%に低下する一方、カナダは13.0%(前年:12.5%)、英国は12.6%(12.2%)に上昇した。両国のシェアが拡大した一因には、対米M&Aがある。10億ドル以上の対米M&Aに関して、日本が2件(後述)だったのに対し、カナダは8件、英国は9件だった。カナダ企業では、資産運用会社のブルックフィールド・アセット・マネジメントが自動車小売り向けにITサービスを展開するCDKグローバルを83億ドル、サイエンティフィック・ゲームズの宝くじ部門を61億ドルで買収した案件があった。英国企業では、衛生サービス大手のレントキル・イニシャルが同業のターミニックスを74億ドルで買収した案件がみられた。
予見可能性が低い選挙前後は、ビジネスの判断についてしばらく様子を見る方針は重要だ。ただ、いったん生まれた市場は、一時期冷え込むことはあっても、簡単にはしぼまない。ましてや、IRA発効から2年間で発表された投資計画は2025、2026年をめどに稼働を開始するものばかりで、今後数年間で供給増と技術の進展が市場を一層大きくすることも期待される。現在、IRAの恩恵を大きく受けている企業がIRA発効前から米国への投資に取り組んでいた企業という点も、示唆に富んでいる。経済安全保障の観点から米国を組み込んだサプライチェーンを構築する流れは逆流しないと考えると、米国ビジネスで例えば、州政府が独自に提供する優遇措置の活用を検討材料にする選択肢もあろう(注6)。法律や政権の行方に左右されず、米国を長期的なビジネスパートナーとして捉えることが必要だろう。
製造業で、日本からの直接投資残高が化学に次ぐ輸送機器(8.3%)は、26億ドル減の643億ドルとなった。半導体不足などに伴う車両生産・販売の減少を背景に、2022年の米国事業が赤字に陥る企業もあった。米国法人の内部留保の取り崩しや日本の親会社からの資金借り入れが進んだことが、減少の一因と推測される。個別企業の動きでは、米国政府が推進するEVの普及に関連した投資の発表が相次いだ。ホンダは2022年10月、韓国のLGエナジーソリューションと、オハイオ州にEV用バッテリー工場を設立すると発表した(2022年10月18日付ビジネス短信参照)。投資総額は44億ドルに達する見込みだ。同社は同月、オハイオ州内の3つの既存工場に7億ドルを投じ、北米におけるEV生産のハブ拠点とする構想も明らかにした。そのほかの完成車メーカーでは、トヨタが2022年8月にノースカロライナ州に建設予定のバッテリー工場に25億ドルを追加投資すると発表したほか(2022年9月1日付ビジネス短信参照)、日産自動車が2022年2月にミシシッピ州の既存工場に5億ドルを投じて2車種のEVを生産することを明らかにした。自動車メーカー以外では、パナソニックエナジーが2022年10月に、約40億ドルを投じてカンザス州にEV用バッテリー工場を新設すると発表した(2022年11月2日付ビジネス短信参照)。同社は2022年11月に建設を開始し、2025年3月末までの量産開始を目指している。さらに、輸送機器関連では、ブリヂストンによるトラック・バス用タイヤの生産能力の増強(テネシー州、約700億円)、トヨタによるハイブリッド車用を含むエンジン生産能力の拡張(アラバマ州など4州、約4億ドル)、クボタによるトラクタ用作業機器の生産拠点の新設(ジョージア州、約180億円)、帝人による炭素繊維複合材料の工場拡張(インディアナ州、1億ドル)などがあった。
野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは「(買収阻止命令は)日本は米国の仲間ではなかったというような大きな失望感を日本企業に与えたのではないか」と指摘。「今後の対米ビジネスを委縮(いしゅく)させ、双方の経済にも悪影響を与えうる」との見方を示した。
製造業では、半導体やEVに関連した投資の発表が続いた。半導体関連では、受託製造世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が2022年12月、アリゾナ州でウエハーを製造する第2工場の建設開始を発表した(2022年12月8日付ビジネス短信参照)。建設中の第1工場と合わせた同社の投資総額は400億ドルに上る。同じく台湾企業のグローバルウェーハズも2022年6月に、テキサス州にウエハー工場を建設すると発表した。米国におけるシリコンウエハー工場の新設は、20年以上ぶりとなる。EV関連では、韓国の現代自動車グループが2022年5月に、ジョージア州でEVとEV用バッテリーの工場を新設すると発表したほか(2022年5月23日付ビジネス短信参照)、現代自動車グループと韓国のSKオンが2022年12月、同州でEV用バッテリー合弁工場を新設すると明らかにした。本件では、40億~50億ドルの巨額投資が見込まれている。このほか、ベトナム自動車メーカーのビンファストも2022年3月、最大20億ドルを投じてノースカロライナ州にEV工場を新設すると発表した。
(ブルームバーグ): バイデン米大統領が日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収を阻止する決定を下したことを受け、住友商事やキリンホールディングスといった日本企業の幹部からは、今後の対米投資マインドを冷やしかねないとの声が聞かれた。
政治介入による買収阻止を目の当たりにして、企業のトップも不信感を強めている。出光興産の木藤俊一社長は「根拠は安全保障というが、具体的に何が問題なのか聞きたい」と疑問を呈した。キリンホールディングスの磯崎功典会長も「(結論が変わらなければ)対米投資に二の足を踏むようになる」と述べた。
会談で両外相は、日米同盟の抑止力や対処力をいっそう強化するため、協力を進めていくことが重要だという認識で一致しました。その上で、中国をめぐる諸課題やウクライナ情勢などをめぐって意見を交わすとともに、6日の北朝鮮による弾道ミサイルの発射を強く非難し、拉致問題を含む北朝鮮への対応で、日米や日米韓3か国が連携していく重要性を再確認しました。また、日本製鉄によるアメリカのUSスチールの買収計画についても議論し、日本企業による対米投資を含む経済関係の重要性を改めて確認しました。そして両外相は、かつてなく強固になった日米関係を維持・強化するため、引き続き、緊密に連携していくことで一致しました。
日本企業が中期事業戦略を練る上で最大の懸念事項の1つとなっている点が、2025年に米国で新政権が発足した後のIRAの位置付けだ。前述のとおり、投資と雇用の両面で潤う共和党州が過半を占める実態を踏まえ、法律の全廃という選択は非現実的、あるいは難航するとみる論調が大勢だ(2024年4月4日付、2024年9月6日付地域・分析レポート参照)。では、どのような可能性があり得るのか。
このほか企業の経営者からは、どういう基準が判断材料になるかわからない不透明さに不安の声が上がる。住友商の上野真吾社長は、日米同盟の枠組みの中で、「少なくとも鉄について安全保障に関わる問題なのか理解していない」とした上で、今後の裁判などで対米外国投資委員会(CFIUS)の審査の中身や正当性を見ていく必要があると話した。
このほか、ダイキン工業は2024年8月、インバーターを搭載した住宅用ヒートポンプ生産の増強に対し、IRAに基づいてDOEから3,900万ドルの補助金を受けたことを発表した。IRAに盛り込まれた、ヒートポンプなどエネルギー効率の高い設備の導入に対する税額控除による需要増の波に乗ったと言える(2023年5月17日付地域・分析レポート参照)。三菱電機も2024年7月、ケンタッキー州で高効率のヒートポンプ用コンプレッサーの生産を開始することを発表(2024年7月30日付ビジネス短信参照)。同社がIRAに基づいてDOEから5,000万ドルの助成金を受給する対象に選ばれていることが背景にある。こうした企業のほか、出資する米国スタートアップ企業がIRAの優遇措置の対象となり、日本企業が間接的に恩恵を受ける事例も多いだろう。例えば、リチウムイオン二次電池向けの負極材料添加剤素材を製造するナノグラフ(NanoGraf、本社:イリノイ州シカゴ、2019年1月17日付地域・分析レポート参照)、EV向け電池交換技術のアンプル(Ample、本社:カリフォルニア州サンフランシスコ)、燃料電池技術のブルームエナジー(Bloom Energy、本社:カリフォルニア州サンノゼ)など、日本企業が出資するスタートアップがIRAの助成金を受けて製造を強化している。
コメント