展示物壊され 心折れた 博物館
いっぽうで、日本の博物館界はどうだろう。あらゆる立場の人々に寄り添う未来を目指せているだろうか。博物館の役割を支える力を、自ら掴み取ろうとしているだろうか。何よりそのための議論の場は開かれているだろうか。筆者も含め、一人ひとりの博物館人と博物館行政、文化行政に関わる人々が問わねばならない。
文化庁から九州国立博物館、東京国立博物館、京都国立博物館、東京国立博物館と渡り歩き、当“きゅーはく”は12年ぶりの勤務となります。開館当初の初心と熱意を思い起こすとともに、時代の変革にともなう博物館のあり方をひたむきに考えていきたいと思っています。 福岡は朝倉市杷木の出身。『観世音寺資財帳』にも記述のみえる歴史ある地です。
東京都出身 2015年に写真技師として着任しました。 各国立博物館には文化財専門の撮影する写真技師がおり、作品や資料の調査・研究のため、研究員と共に日々館内スタジオにて撮影を行っております。 展覧会では中々近付けない貴重な作品を、みなさんの目の代わりとなって緻密に再現できるよう試行錯誤の毎日です。写真は図録やポスターのほか、近頃は雑誌や書籍などにも掲載頂くことが多くなりました。ご覧頂ければ幸いです。
東京練馬の出身です。文化財の保存環境の管理に従事しており、おもに空気環境の調査に取り組んできましたが、2024年7月より文化財防災に携わることとなりました。 先人たちの手で守り伝えられてきた文化財を、いま目の前で見ることができることに喜びを感じる日々です。博物館資料ならびに地域の文化財の保存に向き合ってまいりたいと思います。
福岡県うきは市生まれ。 教育事務所、九州歴史資料館、県立図書館での勤務を経て九州国立博物館で働かせていただくことになりました。歴史好きなので九博に来られて大変うれしく思います。 研究員の方々と協力して、来館いただいた方にまた来たいと思って貰える博物館を目標に頑張ります。
大阪府生まれ、なぜか本籍は奈良県。小学生の頃に自分の苗字に興味を持ち、中学生の頃は歴史関係の新聞記事を集め、高校生の頃から博物館学芸員に憧れていました。縁あって福岡の地に来ることになり、これまで展示はもちろん、遺跡の発掘調査や文化財の活用事業、広報業務も担当してきました。 歴史の中で伝えられたモノたちには、そこに生きた人々の思いやくらし、そして驚くほどの発想が詰まっていて、ドキドキさせられることばかりです。みなさんにも、たくさんのドキドキを発見していただくお手伝いをしたいと思っています。
福岡県出身です。理学部生物化学科の博士課程を終えたあと、ご縁があって文化財の生物劣化対策の研究に従事することになりました。独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所で文化財の虫やカビの対策に追われて22年をめまぐるしく過ごし、その間、東京藝術大学大学院のシステム保存学でも授業を担当させていただいておりましたが、このほど故郷九州は福岡の九州国立博物館にて働かせていただくことになりました。「本当に虫が好きですね!」と言われますが、そんなことはありません・・。(多分)どうぞ宜しくお願いします。
群馬県出身。東京での学生時代に研究活動をはじめ、奈良での博物館勤務を経て、令和5年4月に九州国立博物館へやってきました。もともとは日本古代の法や制度を研究していましたが、博物館に入ってからは専門分野にこだわらず、奈良を中心に寺社等に伝来する様々な資料の調査に従事してきました。現在は、古写経や聖教(仏教に関わる書物等)を、歴史学の研究素材としてどのように活用できるか、考えを巡らせています。これからも、一つ一つの文化財との出会いを大切に、そのものが持つ情報を最大限引き出し、皆様に正しく魅力を伝えられるよう、研鑽に努めたいと思います。
東京都八王子市出身。大学時代を京都で過ごし、縁あって太宰府にやってきました。 専門は中国の仏教美術史で、主に敦煌莫高窟の壁画を研究しています。敦煌はシルクロードの要として栄えた都市で、インド・西域・中原の文化が出会い、影響しあったことが、そこで生み出された作品にも表れています。九博は日本にいながら大陸との繋がりをイメージすることのできる魅力的な博物館です。館を訪れ、モノと触れた方が、そのモノのたどってきた世界の広さや面白さを感じられるよう、お力になりたく思っています。
博物館の2階から眺めた駿河湾の様子。
「心折れた」“破壊行為”相次ぎレトロミュージアム閉館へ…問われる“利用者のマナー” 子どもを注意した館長に親は…「触れるような状態にしておくな」
グループ展には《The Frame》(1938)も展示された。これはメキシコ有数の観光地オアハカで購入した花模様のガラス絵の中央に、黄色い花の冠を戴く自画像を描いたもので、フランス国家が購入し、現在はパリのポンピドゥー・センターが収蔵している。カーロが生み出した作品は点数こそ多くないが、ポンピドゥーだけでなく、ニューヨーク近代美術館、サンフランシスコ近代美術館、メキシコシティ近代美術館、ワシントンD.C.のNMWA(National Museum of Women in the Arts)など、いくつもの主要美術館にコレクションされている。
令和6年4月に総務課長として着任いたしました。 来館者の皆様方が有意義な体験をすることのできる博物館とすべく、業務を行ってまいります。 よろしくお願いいたします。
こうして「延期」の採択にたどり着けたのは、10時半の終了予定時刻を大幅に超えた午後1時半であった。結果は延期賛成が396票、反対157票、棄権2票、無投票7票である。さまざまな意見が飛び交った4時間──いやこの7か月──であったが、上層部が決めた「結論ありき」ではなく、また一部の誰かの利益のためでもなく、より良い世界のために博物館は何をすべきかと真摯な議論を重ね続けるという結論は、筆者には未来を明るく照らす光に感じられた(*13)。
昭和46年(1971)生、秋田県横手市出身。開館以来、日々にぎやかな展示室を闊歩する喜びを感じています。ご好意で展示をお許しいただいた作品、ご来館いただいた方々のあたたかい眼差し。皆様の力で、博物館に新たな命を吹き込んでいただいたような思いがして、胸が熱くなります。皆様のご支援に感謝申し上げるとともに、今後とも若い博物館をどうぞよろしくお願いいたします。
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