物価巡り 政府と日銀の認識に違い

物価巡り 政府と日銀の認識に違い
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物価巡り 政府と日銀の認識に違い

確かに、金融政策は、その発動から物価の変動に影響が及ぶまでに、1~2年、ないしは、それ以上のかなり長いラグが存在しますので、情勢判断においても、数年先も展望した予防的な視点が欠かせません。もっとも、こうした先行きの見通しについては、対象となる期間が長くなるほど、見通しの数値自体というよりも、むしろ経済のメカニズム、ないしは趨勢的なトレンドに着目したリスクを評価し、その情勢判断を示していくことの方に大きな意味があると考えています。そうした考えに立ち、当面は、見通し計数は単年度のみとする一方、「経済・物価の将来展望とリスク評価」はその先行きまでも念頭に置くつもりです。いずれにしましても、経済・物価見通しについてはどのような公表方法が望ましいのかといった点については、今回を一つのテスト・ケースとして、見通しの期間も含め、引き続き検討していきたいと思います。

今日、インフレーション・ターゲティングという言葉が人口に膾炙していますが、その定義は論者によってかなり異なっています。定義を明確にしない限り、インフレーション・ターゲティングの採用の是非について意味のある議論はできません。私は、インフレーション・ターゲティングとは、(1)中央銀行の目的である「物価の安定」を、具体的なインフレ率の数値で示す、(2)合わせて、先行きのインフレ率の「見通し」を公表する、(3)これらの物価の「目標」と「見通し」との関係を軸にして金融政策を運営し、これを対外的に説明していく、(4)そして実際に、物価の「目標」を繰り返し達成することにより、人々の期待インフレ率を安定化させ、金融政策の有効性を高めることを目指す、という政策運営の枠組みであると理解しています。なお、わが国では、透明性を高めるための枠組みというよりも、目標達成期限を明示し目標の達成を目指すことが当然であるという議論がしばしばみられますが、欧米主要国では達成時期を明示しているケースが多い訳ではありません。

現在、日本銀行は、今の金融調節の枠組みを消費者物価の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで続ける、すなわちインフレ率がプラスの世界に戻るまでは変えない、と約束しています。確かに、その先にある最終のゴールについてはまだ明示しておらず、その点ではインフレーション・ターゲティングと異なります。私は、将来いずれかの時点で、それがインフレーション・ターゲティングというスタイルになるかどうかはともかくとして、最終的にどのようなインフレ率を目指すのか、という点を国民の皆様と共有することが望ましいと考えています。

今後の政策判断について植田氏は、「基調的な物価上昇率が見通しに沿って2%に向けて上昇していけば、政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」と説明した。見通しが上振れる場合なども「政策変更の理由となる」としたが、判断の時期については「現状でタイミングを特定するのは難しい」と述べるにとどめた。

それでは、日本銀行が供給している極めて豊富な資金が世の中に回っていかないのは何故でしょうか。金融政策の効果が物価や実体経済活動に波及するまでの経路については様々な見方がありますが、いずれにしても、(1)金融調節の直接の対象である金融機関のリスクテイクが積極化するか、そして、(2)その結果として様々な資産価格が上昇したり、あるいは、景気回復期待が高まるなどして、金融機関以外の経済主体——企業、家計、機関投資家など——も投資行動を積極化するようになるか、という点が重要な鍵を握ると思います。言い換えますと、経済活動の活発化に結びつくかたちでマネーサプライが増加し、実体経済活動とマネーサプライとの対応関係が増すようになるには、経済主体が成長期待を高めてリスクテイクを積極化すること、これを金融面からみれば民間部門の資金調達行動が積極化することが必要であると考えられます。ところが、現在の日本経済では、マクロの流動性よりも、むしろリスクに挑むインセンティブが欠如しているようにみられます。これが、景気回復、ひいてはデフレ克服の足枷になっているように思います。

まず始めに、「なぜ、見通しの対象を消費者物価、国内卸売物価、実質GDPの3つとしたのか」ということです。物価については、消費者物価と国内卸売物価がともに代表的な指数ですので、これら両方についての見通しを示すことが必要かつ妥当であると判断しました。さらに、物価の動きは、その背後にある実体経済の動きとの関連で評価する必要がありますので、経済全体のイメージを示すためには、実質GDPの成長率の見通しも合わせて示すことが適当であると考えました。

そこで、現在の日本の物価環境についてご説明します。

しかし、実際に政策を運営する場合、実質金利の問題は一筋縄では行きません。実質金利を把握するためには予想インフレ率が必要になるため、実質金利を直接推計することはできません。これが名目金利との大きな違いです。また、個々の経済活動に対して共通の実質金利が影響を及ぼす訳でもありません。例えば、家計の消費や貯蓄に影響を与える実質金利は、「預金金利—消費者物価予想の変化率」かも知れません。また、個々の企業の在庫投資を考えますと、借入れ金利と製品価格の予想変化率の関係が判断材料になるように思います。マクロ的には、「短期約定平均金利—企業物価指数の予想変化率」が影響すると考えられます。

では、日本銀行がアグレッシブに資産を買い続けるという政策手段を駆使しようとする場合に、政策運営の透明性をいかにして確保するべきでしょうか。しばしば提起されるのは、物価水準ターゲティングという考え方です10。最近では、米国FRBのバーナンケ理事が、わが国の金融政策運営に関する最近の講演の中で、物価水準ターゲティングを提唱しています11。具体的には、(1)仮に、過去5年間、消費者物価(除く生鮮食品)前年比がマイナスではなくプラス1%で推移していたとした場合の物価水準と現実の物価水準のギャップを解消する、(2)この過程では、インフレ率は長期的に望ましいと考えられる範囲を上回る、(3)そして目標とする物価水準を達成した時点で、インフレーション・ターゲティングを採用するか、あるいは、目標とする物価水準を目標とするインフレ率と整合的なかたちで動かしていく、というアプローチです。ゴルフの喩えを再び使うならば、(1)まずはピンから離れることを厭わず、バンカーからボールを出すことに専念する、(2)そして、ボールをフェアウェイに戻したところから気を取り直してピンを目指す、ということになるでしょうか。

報告書では、最初に、「物価の安定」に関する概念的な定義を改めて明らかにしています12。金融政策が目指すべき「物価の安定」とは、国民からみて、「インフレでもデフレでもない状態」であること、言い換えますと、「家計や企業などの様々な経済主体が、物価の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状態」であるという定義です。すなわち、一般に、経済活動における意思決定は、現在の資源配分だけではなく、将来についての見通しに基づく異時点間の資源配分という側面を強く持っています。したがって、日本銀行が追求するべき「物価の安定」とは、そうした経済主体の意思決定に対し中立性を保つような、「中長期にわたる、持続的な物価安定」ということになります13。金融政策は、人々の意識の中に、「物価は先行きにわたって安定している」という安心感が根づくことを目指しているのです。

米国のFRSでは、議長講演などを通じて、「物価の安定」とは、「経済主体が意思決定を行うに当たり、将来の一般物価の変動を気にかけなくても良い状態」17といった定性的な考え方を示していますが、これを特定の数値では示していません。その理由について、グリーンスパン議長は次のように指摘しています。すなわち、(1)「一般物価水準」やその変動といった概念の定義やその把握が困難であること18、(2)物価を計測する手法が社会や技術の変化・進歩に対して常に遅れる可能性があること19、(3)インフレの基本的な物差しとして資産価格をどのように取り扱うかが困難であること20、などです。

植田氏は2%の物価安定目標の実現に向けた「確度」については、「上がっている」との認識を示した。ただ、現状では基調的な物価上昇率は「2%を下回っている」として、「当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」と述べた。

それでも、インフレーション・ターゲティングを採用している国々には、次の3つの共通した特徴点がみられます。まず、(1)中期的な「物価の安定」を目指す姿勢を明確にしていること、次に、(2)政策運営の透明性向上に高いウエイトを置いて様々な工夫を行っていること、さらに、(3)その際に、インフレ率に関する目標値や見通しの公表という手段が用いられていること、の3点です。インフレーション・ターゲティングを採用している国にはこのような特徴点がみられますが、実は、これを採用していないその他の国の政策運営と本質的に異なるのは、最後の点、すなわちインフレ目標値等の公表だけであると考えられます。

翻って、「透明性を向上させる」、「説明責任を果す」と申しますと、日本銀行から国民に向けた「一方通行の情報開示」という印象を与える嫌いがあるように思います。しかし、現実には、本日申し上げました、「物価の安定」を巡る多様な問題や先行きの経済・物価見通しのあり方、さらには不確実性の下での金融政策運営のあり方などにつきまして、日本銀行と内外の学識経験者、市場参加者、一般の国民などとの間で「双方向の良好なコミュニケーション」の関係を築いていくことが是非とも必要である、と私は考えています。こうした観点に立って、私は、今回の報告書につきましても、国民と日本銀行の間にあり得る認識の相違を浮き彫りにして、今後の建設的な議論へと繋げるための「叩き台」となることを強く願っています。

要するに、インフレーション・ターゲティングは、金融政策の運営を国民の皆様に分かりやすく説明するための重要な道具立ての一つですが、その良さが発揮される前提として、「中央銀行が持つ政策手段が物価に効果を及ぼす経路やメカニズムが明確であること」が挙げられます。たとえ中央銀行がインフレ目標を宣言しても、その宣言を裏付けるような有効な政策手段がない限り、民間部門がインフレ目標の実現可能性を信認するとは限らず、したがってインフレ期待に影響を及ぼすことも難しいように思います。

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