コメ卸業者は 儲け過ぎ
しかし、集荷業者に販売するなら供給が増えて米価は落ち着くのだろうか? 集荷業者に備蓄米を販売しても、そのコメは卸売業者を通じてスーパー等に販売される。農水省が主張する卸売業者悪玉論に従うと、卸売業者が売り惜しみすれば、備蓄米を放出してもコメの供給量が増えることはない。
同省の体質は変わらない。農産物価格、特に米価は高くしたい。それが、多数の零細なコメ兼業農家を維持しその兼業収入がJA農協に預金されることで、JA農協を繁栄させてきたからである。JA農協を中心とする農政トライアングルによって食料・農業政策は壟断ろうだんされてきた。彼らに悪玉にされている卸売業者はその犠牲者だった。減反政策でコメの生産・流通量が大幅に減少したため、JA農協と違い政治力を持たない中小の卸売業者の人たちは、黙って店をたたんでいった。1980年ごろから卸売業者数は半減している。
しかし、放出してもいずれ市場から引き揚げるのであれば、コメの供給量は増えない。米価を引き下げる効果はない。
しかし、農林水産省は「コメ不足が解消され、価格が落ち着く」という立場を変えていない。
農水省のコメの需給や備蓄米放出についての説明は、おおむね次のようである。2024年産米の生産は18万トン増えた。不足はしていない。しかし、農協などの集荷業者の集荷量は21万トン減少した。この21万トンは誰かが投機目的で抱え込んでいて流通ルートで滞留している。これは消えた21万トンだ。だから、流通を円滑化するために21万トンを放出する。
農林水産省は9月になれば新米(2024産米)が供給されるので、コメ不足は解消されるという見方をしていた。坂本農林水産大臣(当時)は「今後、新米が順次供給され、円滑な米の流通が進めば、需給バランスの中で、一定の価格水準に落ち着いてくるものと考えています」(24年9月6日記者会見)と主張した。「需給バランスの中で」とは、供給が増えるから価格は低下すると言っているのである。だが、価格は逆に上昇した。
まさに悲喜こもごもで、コメ高騰の恩恵を受けている異業種も存在するようだ。松井証券シニアマーケットアナリストの窪田朋一郎さんは次のように述べる。
今回の騒動に対応するため、政府が保有する備蓄米を市場に放出することで鎮静化を図る対策が出た。しかし、なんといっても、政府の対応は遅すぎる。コメの需給関係がタイトになりそうな段階で、農林水産省が迅速に備蓄米放出に踏み切っていたなら、状況は違っただろう。
2005年、全農秋田県本部により、このセンターを利用して子会社である販売業者との間で架空取引を行い、米価を高く操作した事件が起きた。その後、JA農協は同センターを利用するのをやめ、コメの高い集荷力を利用して米価に影響力を行使するため、卸売業者との相対取引に移行した。このため、同センターの利用は激減し、2011年3月廃止された。しかし、同センターに関する規定は、今でも食糧法(「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」)に残っている(第18条から28条)。
もともと、わが国の農業政策は、コメの価格を下げないことを目的にしてきた。そのため、価格引き下げ効果を狙う政策を上手く運用することができなかった。3月中旬以降、価格上昇は一服する可能性はある。ただ、中長期的なコメの価格動向は見通しづらい。備蓄米放出の効果が一巡すると、再度コメの価格が不安定化するリスクは残りそうだ。それは、消費者物価の上昇に大きな影響を与える可能性がある。
言い換えれば、JA全農からシェアを奪うことに成功した大手コメ卸などは、より好条件の買値を提示したということだ。だとすれば、コメ農家も大いに潤ったはずだが、全体を見渡せば必ずしもそうではないらしい。
農家にとってはリスクヘッジの機能を持つ先物市場も、2005年から商品取引所により創設の要請が行われてきたにもかかわらず、価格操作ができなくなるJA農協の反対により実現せず、24年8月になってコメ指数先物に限り認められることになった。特定の産地銘柄の先物取引は認められていない。野菜や果物については、卸売市場で公正な価格形成が行われる。しかし、主食のコメについては公正で適正な価格形成を行う市場は存在しない。
集荷業者に備蓄米を販売しても、そのコメは卸売業者を通じてスーパー等に販売される。農林水産省が主張する卸売業者悪玉論に従うと、卸売業者が売り惜しみすれば、備蓄米を放出してもコメの供給量が増えることはない。
東京商工リサーチが蓄積している企業データの中からコメ農家(米作農業)の倒産と事業停止(休廃業・解散)の件数を集計したところ、コロナ禍では小康状態を保っていたものの、2023年に83件まで急増し、2024年には89件に達したという。その数は東京商工リサーチが統計を開始した2013年以降で最多の規模で、今年もすでに倒産が2件発生し、コメ農家の苦境が浮き彫りとなる結果が出ている。
集荷業者とはJA農協(全国団体は全農)である。農協は米価の低下を嫌がって備蓄米放出に反対している。農協が政府から買い入れた備蓄米を卸売業者に販売しても、その分従来から卸売業者に販売していたコメの販売量を控えれば、市場での供給量は増えない。具体的には、従来30万トン卸売業者に販売していた農協が、備蓄米21万トン、自己の在庫9万トンを卸売業者に販売すれば、放出効果はない。おそらく、農水省はこうした農協の行動を予期して集荷業者に放出することとしたのだ。
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