米コダック 事業停止の危機か
この事業領域、オフィス用複写機・複合機、プリンターなどの売り上げは現在同社の42%を占めると聞いている。実に見事な変貌である。
ニューヨーク(CNN) 創業133年の写真メーカー、イーストマン・コダックは11日の決算報告で、約5億ドル(約740億円)に上る債務を返済するための「確約された融資または利用可能な流動性」がないと述べた。「こうした状況は、当社の企業としての継続能力に重大な疑義を生じさせる」としている。 【画像】1938年に製造されたコダック初の35ミリフィルムカメラ コダックは、退職年金制度への支払いを停止することで現金を捻出することを目指している。関税については、カメラやインク、フィルムなど多くの製品を米国で製造しているため、事業に「実質的な影響」を与えるとは想定していないという。 コダックの広報は12日、CNNへの声明で、「期日前に融資の大部分を返済し、残りの債務や優先株債務を修正・延長、または借り換えできると確信している」と述べた。 コダックの株価は12日正午に25%あまり下落した。
The Economistによれば、「フィルムで当座のキャッシュを稼ぎ、デジタル化に徐々にシフトする。新規事業を起こす」の3本建て戦略で臨んだとの事である。
新規事業で眼につくのは化粧品事業である。六本木、ミッドタウンの同社本社で貼ってあるポスターは今やこの関係ばかり。正月には写真フィルムではなく、化粧品のCMを流したとの事である。
今の時代の特徴を一口で言うと〝変化のスピードが速くて大きい〟ということですが、この変化の潮流をしっかりととらまえて、経営のかじ取りを行なっていかないと取り返しのつかないことになります。昨今の産業界を見ると、どの分野においても二極化が進んできており、かつて業界をリードしてきた名門と言われていた企業の経営破綻が度々報じられるようになってきました。 先日、アメリカの映像機器大手のイーストマン・コダック社が日本の民事再生法にあたる米連邦破産法11条の適用をニューヨークの連邦地裁に申請したというニュースが飛び込んできました。同社は1880年の創業で、35ミリの「コダローム」を発売し、写真フィルムで一時代を風靡した企業です。その後、1975年には世界初のデジタル・カメラを開発しましたが、高収益のフィルム事業にこだわったため、市場の変化対応に遅れをとってしまいました。そして、2003年に本格化したデジタル・カメラの普及に事業構造の転換がついていくことができず、急速に経営が悪化してしまったのです。これと同様のことはレコード業界でも起こっています。このように、デジタル化技術の進歩は、従来の産業構造や業界秩序を一挙に覆すということになってきているのです。 しかし、一方で富士フィルムは、医薬品や化粧品、液晶関連の新規事業を創出する等の多角化戦略をとり、脱フィルムを実現しています。このコダック社の例は圧倒的な強みを持つ事業はなかなか改革できないということではないかと思います。これは教育界においても同様であり〝強みが弱みになる〟ということをしっかりと学習し、経営戦略を構築していくことが重要であると感じています。
コダックは1892年設立。その起源は創業者である故ジョージ・イーストマン氏がプレートコーティング機の特許を初めて取得した79年にさかのぼる。同氏が最初のコダックカメラを25ドルで販売したのは88年のことだった。 コダックカメラは写真を広く普及させるべく設計された。イーストマン氏は「あなたはシャッターを押すだけ、あとはわれわれにお任せください」というスローガンを生み出した。 社名にほとんど意味はなく、「コダック」という単語はイーストマン氏が思いついたものだという。 コダックはカメラとフィルムの製造で1世紀にわたり成功を収めた。エコノミスト誌によると、1970年代のある時点では、米国におけるフィルム販売の90%、カメラ販売の85%を占めるほどだったという。 しかし市場での圧倒的地位は、同社が開発した技術によって終焉(しゅうえん)を迎えた。コダックは75年、世界初のデジタルカメラを発売した。 同社はデジタル技術の台頭を生かすことができず、2012年には連邦破産法第11条の適用を申請。債権者は10万人、負債総額は67億5000万ドルに上った。 その後、20年には医薬品原料生産へと軸足を移し、株価は急上昇していた。 最近の損失にもかかわらず、昨年には同事業の拡大を目指すと発表。同社は映画業界を含む企業向けにフィルムや化学薬品の製造も続けており、さまざまな消費者向け製品の自社ブランドのライセンス供与も行っている。


コメント