これが現状で筆者の考える日銀金融政策のメインシナリオである
日本銀行は29~30日に金融政策決定会合を開く。追加利上げは6会合続けて見送り、現行の政策金利(0.5%程度)を維持する公算が大きい。米国の関税政策の影響が表れるのが想定より遅れており、経済データをなお見極める。ただ、日銀内では、物価高が想定を上回る恐れなどを理由に、早期の利上げを求める声が強まっている。
留意すべきはこのところの物価情勢である。原油価格やコメ価格が上昇するなど、コストプッシュ的なインフレ圧力がみられる。日銀はこうしたコストプッシュ的なインフレ圧力は徐々に減衰していくとの見方を変えていないが、植田総裁はコストプッシュ的なインフレ圧力が長期化するようなら基調的な物価上昇にも影響を与える可能性があるとの見方を示しており、そうした懸念が高まるような状況になれば日銀の利上げが今後前倒しになる可能性もある(図表4)。米国でインフレが続き、FRBが追加利下げを見送った結果、為替が円安に振れるという条件が重なれば、そうした日銀の利上げ前倒しシナリオの可能性はさらに高まるだろう。そして、何より米国の参戦によって一段と不透明感を増した中東情勢に鑑みれば、原油価格の高騰リスクにも警戒しなければならない。トランプ関税の影響で米国経済が予想外に大崩れする日銀の利上げ後ずれシナリオとともに、インフレの動向には今後も留意が必要だろう。
しかし、日銀は景気の先行きについて慎重な姿勢を崩しておらず、リスクバランスは下方リスクの方が大きいという言い方を変えていない。日本を含めそのほかの国では関税交渉が進んでおらず、合意に達したのは英国ぐらいである。合意に達していない国は、7月に米国による関税引き上げの猶予期限を迎える。米中間の貿易を完全に止めてしまうような破滅的な関税の上乗せは撤廃されたが、各国の対米輸出にかかる関税が以前より高水準になったこと自体は変わっていない。7月までに(中国については8月までに)米国との交渉がどのように進むのか依然不透明であり、日銀はトランプ関税の影響による景気の下振れが2026年度の賃上げに影響するか見極めるために、当面は政策金利の据え置くと予想する。
しかし、金融政策を取り巻く環境に変化がなかったわけではない。前回の4月会合以降、経済・物価情勢を取り巻く状況は変化しており、筆者は、日銀がそれらをどのように織り込むのか、現状判断や見通しを大きく変えないまでも、先々の利上げ再開を見据えて、経済・物価見通しの変更を示唆するサインを出すのかに注目していた。具体的には、米中関税交渉の進展と足元で進行する食料高・原油高の織り込みである。
また、日銀は物価目標の達成に向けて持続的な賃金の上昇を重視する。9月の全国企業短期経済観測調査(短観)などから企業業績は底堅いとみており、これから本格化する来年の賃上げに向けた労使の動きを確認していく方針だ。
日本経済を左右する米国経済は雇用が弱含んでおり、関税分の商品価格への転嫁も今後進んでいくとみられる。政府機関の閉鎖で雇用統計など重要なデータが公表されていないこともあり、日銀内ではもう少しデータを見極めたいとする意見が多い。
昨日のドル/円は終値ベースでは約0.5%上昇。東京時間こそ次の材料待ちで142円台前半での動きとなったが、欧州時間に入りドイツや英国の株価指数が上昇すると143円台を回復した。NY時間に入り、米4月ADP全国雇用者数や米1-3月期国内総生産(GDP)・速報値などが市場予想を下回る結果だったことで142円台半ばまで押し戻される場面もあったが、「米中貿易摩擦改善に向けて米国側が動いている」と中国メディアが報じたことで143.19円前後まで上値を伸ばした。日銀は本日の金融政策決定会合で政策金利を0.50%で据え置く公算が大きく、市場も据え置きはすでに織り込み済みだ。同時に公表される展望リポートでは、米国の関税政策の影響から成長率見通しを下方修正する公算が大きい。米関税政策の影響を見極めたいとの思惑から、日銀の利上げペースが従来の予想よりも遅くなるとの見方が強まると円売りで反応することになりそうだ。もっとも、米関税政策はすでに米国経済に悪影響を与えていることが昨日の米1-3月期GDPの結果からも見て取れる。米経済のリセッション(景気後退)懸念がドルの上値を抑える一因となる。米中貿易摩擦緩和に向け、さらなる進展がなければドル/円の上値は限定的となりそうだ。なお、本日は第2回日米関税協議が開催される。
実際には、トランプ関税の影響によって米国経済に減速圧力が加わるのは避けられず、影響は製造業を中心に日本にも及ぶと考えられる。しかし、人手不足に直面する日本企業は2026年度も賃上げを維持し、日銀はその機運を確かめたうえで、2026年初に利上げを再開する可能性が高いと予想する。これが現状で筆者の考える日銀金融政策のメインシナリオである。
まず米中関税交渉についてだが、米中両国は5月10~11日の閣僚級協議で関税の引き下げに合意するなど、4月の日銀金融政策決定会合後に大きな進展を見せた。いわゆるジュネーブ合意である。米国は5月14日から中国に課していた関税を145%から30%に115%引き下げており、同様に中国も対米関税を125%から10%へ115%引き下げている。引き下げられた115%のうち91%は撤廃が決まり、残る24%部分についても8月上旬まで90日間停止されることになった。米中はその後も2国間で協議を続けており、6月9~10日にロンドンで行われた協議では、米国が航空機エンジンや自動車用半導体などの輸出規制を緩和する一方、中国が民需向けのレアアース輸出を再開することで合意するなど、さらなる進展もみせている。


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