衣料品市場で二極化 百貨店は低迷
長らく「オワコン」と揶揄されてきた日本の百貨店産業は、コロナ禍からの回復期において、全国売上高がパンデミック以前の2019年水準に近づく兆しを見せています。しかしながら、この表面的な回復基調の裏側には、特定の要因—すなわち、ラグジュアリーブランドへの特化、高額なインバウンド(訪日外国人)消費への依存、そして都市部と地方における業績の極端な乖離—によって引き起こされた深刻な「分極化」が存在します。本レポートの目的は、この分極化の構造を最新の統計データと現場の戦略事例に基づいて詳細に分析することにあります。具体的には、電子商取引(EC)が全盛の現代において、「なぜ人々はデパートという物理空間を訪れるのか」という消費行動の根源を探るとともに、「生き残る都市型旗艦店」と「苦境に立たされる地方百貨店」を分ける決定的な差異はどこにあるのかを、経営戦略、都市文化、および消費者心理の視点から深く掘り下げます。
衣料品の売り上げがそれだけ落ちているのに、ほんの2〜3年前まで都市百貨店は婦人服と身の回り品で3.5フロアを構成し、紳士服とスポーツを合わせて衣料品が4.5フロアを占める一方、化粧品は半フロアに甘んじて繁忙時には混雑を極めていた。インバウンドの押し上げと駅ビルなどとのせめぎ合いで遅ればせながら化粧品売り場の拡大に転じ、最新店舗では婦人服と身の回り品の2.5フロアに対して化粧品と美容サービスで1フロアというバランスに変化している。
百貨店総売り上げはピーク時の91年から2018年は60.6%に減少しているが、衣料品トータルは45.1%に、紳士服・洋品は38.7%に、ピークが98年だった婦人服・洋品も同年から49.7%に減少している。デパ地下が元気な食料品もピークの99年から78.3%に減少しているが、化粧品だけは2006年から18年で164.8%と急拡大している。
百貨店は84年頃の買い取りから委託へのシフトと92〜98年の12ポイントもの納入掛け率切り下げで原価率を半減させてお値打ちを切り下げてしまったため、まだしも不動産コストの低い駅ビルやSCに顧客も取引先も逃げ出し、近年はさらにコストが低いECに逃げ出している。これほど顧客を裏切る暴挙を断行した百貨店業界の殿様体質は常人の理解を超え、それを受け入れたアパレル業界の楽観主義も度を越して、百貨店と百貨店アパレルの未来を閉ざす致命傷となった。
日本百貨店協会や経済産業省が発表する商業動態統計によれば、全国百貨店売上高は回復軌道にあります。しかし、本リサーチの過程で収集した最新の統計情報には、過去5年間の詳細な時系列比較データや2019年水準との正確な対比を示す包括的なデータが限定的です。現在利用可能な経済産業省の商業動態統計速報(2025年8月時点)は、業界の最新動向を把握する上で貴重な手掛かりを提供しますが、統計データの解釈には注意が必要です。特に、2024年12月以降、調査対象事業者の見直しに伴い「リンク係数」が適用されており、単純な前年同月比の数字だけでは、市場の真の構造変化を読み解くことが困難になっています。したがって、本報告書は、限られた統計情報を起点としつつも、市場回復の質と、それを牽引する構造的な分極化のメカニズムに焦点を当てた戦略的分析を主軸に展開します。
国内のアパレル総小売市場(紳士服・婦人服・子供服を含む)は、2025年頃まではコロナ禍前の水準に向けて回復が続くと見込まれています。長期的には少子高齢化や人口減少の影響で、市場全体は緩やかに縮小していくと予想されますが、現在は原材料費や物流費、人件費の上昇により販売単価が上がっており、それが市場の縮小ペースを一時的に抑える要因となっています。さらに、今後の市場を押し上げる可能性として、労働賃金の上昇傾向が続けば、1人あたりの衣料品支出の減少に歯止めがかかり、家計全体の衣料品への支出が増加するケースも考えられます。こうした要因により、アパレル市場は一定の底堅さを保ちながら推移していく見通しです。
真の回復とは、単なる売上高の回復ではなく、**ROA(総資産利益率)**や利益率の改善にあります。都市型百貨店は、高マージン品の強化と不動産の高効率利用により、総資産に対する収益性を向上させています。ここで注意すべきは、「利益なき回復」の危険性です。全国売上高が回復基調(2.4%増)にある一方で、関東地域の主要な市場が7か月連続でマイナス成長を記録しているという事実は、たとえ全国的な売上が回復したとしても、低マージン商品の比率が高い店舗や、インバウンドの恩恵を受けられない店舗は、構造的に持続的な利益を生み出せないことを示します。回復の恩恵が限定的で、全体の販売量と中間マージンが低下している状態では、地方店や都市部の非旗艦店にとって、この「利益なき回復」は構造的な終焉を意味します。
現在の百貨店業界の回復は、高額な特定層と外部(インバウンド)に依存しており、国内の中間層を再誘致する戦略が不足しています。持続可能な成長のためには、国内消費喚起のための新たなテーマ設定が必要です。提言されるイノベーションの方向性は、現代の消費者が求める価値観、特に「サステナビリティ」「地域連携」「ウェルネス」に特化した売り場を創造することです。百貨店は、単なるモノの売買の場としてではなく、都市の「文化的なハブ」として、新しいライフスタイルや社会課題に対するソリューションを提案する場へと位置づけ直す必要があります。これにより、ECやSCでは得られない、価値観に基づく共感と学びを提供する空間を創出し、若い世代を含めた国内中間層を再び惹きつけることが、次なる5年に向けた最大の戦略的課題となるでしょう。
売上回復の大きな推進力となっているのが、訪日外国人による消費、特に高額品購買です。インバウンド消費は、特定の都市(東京の主要ターミナル立地や大阪の繁華街立地)の旗艦店に極端に集中しており、時計、ジュエリー、ブランドバッグといった高額品目の売上回復に決定的に貢献しています。百貨店は、一時的な観光客の旺盛な消費を取り込むことで、「国内の輸出窓口」としての性格を強めていますが、この集中は経営上のリスクを伴います。インバウンド需要は、地政学的リスク、パンデミック、あるいは為替変動(円高への急速な回帰)によって容易に変動するため、売上高の安定性に対する懸念が残ります。先に述べた関東地域の継続的な前年割れの事実は、このインバウンド需要の伸びが、国内消費の落ち込みを完全に埋め合わせるほど強くない、または、観光客の消費行動が品目によってはショッピングセンター(SC)やアウトレットへ分散し始めている可能性を示唆しており、将来的な売上成長の限界を露呈する可能性があります。
百貨店アパレルにまだ勢いがあった1997年と、2019年のアパレル企業売り上げランキングを比較してみると、百貨店アパレルの凋落は目を覆うばかりだ。
店舗網が萎縮して商品開発部門の人件費など本部の固定費を補えなくなれば、ブランドの廃止と人員整理が必至となる。三陽商会やレナウンに見るごとく、百貨店アパレルはそうして業容をシュリンクさせてきたし、破綻に至った企業もある。もはや百貨店販路に見切りをつけるしかないが、組織コストが高い百貨店アパレルは駅ビルやSCでは採算が採れず店舗網が広がらなかったし、法外な歩率負担を前提とした割高な百貨店ブランドではECの拡大にも限界がある。
ワールドやオンワード、小粒だがルックホールディングスなどの業績を注視したいが、それらの全てに共通するのが百貨店との決別であることは明らかだ。
百貨店の法外な歩率を引きずっては顧客に受け入れられる「お値打ち」は実現できないし、百貨店取引を前提とした高コストな組織体質を引きずっては新規事業のハードルも高くなる。百貨店と決別して組織コストを落とし、百貨店では売らないお値打ちなD2Cブランドや無在庫C2M事業に活路を見出さない限り、百貨店ブランドの絶滅が会社の消滅に直結してしまう。
2025年3月5日、バルコスは、インスタイルアパレルからアパレルブランド「LA MARINE FRANÇAISE(マリン フランセーズ)」の事業を2025年2月28日付で譲り受けたと発表しました。バルコスはレディスバッグの企画・販売を中心に、国内外で幅広く展開しており、OEM・ODMやEC運営など多方面での実績を持つ企業です。一方、譲渡元のインスタイルアパレルは衣料品の企画販売を行っています。「LA MARINE FRANÇAISE」は、フレンチスタイルの上質な日常着を展開するブランドで、代官山本店やアトレ吉祥寺を含む全国5店舗を展開し、27年間多くのファンに親しまれてきました。バルコスは今回の事業取得を通じ、自社の製品力や販促ノウハウ、EC運営の強みを活かしブランド成長を加速させる方針です。また、ターゲット層の一致を活かした出店戦略や既存のBtoB販路を用いることで、事業拡大と効率化を図る考えです。
経済産業省「繊維産業の現状と経済産業省の取組(2020年)」によると、国内アパレル市場規模はバブル期の約15兆円から10兆円程度へと減少しており、その後はほぼ横ばいで伸び悩みが続いているのが現状です。その一方で、アパレル供給量は20億点から40億点規模へと倍増しており、アパレル製品の単価は大幅に下落しているのが現状です。背景には、需要が伸び悩むなかでの過剰出店・過剰供給と不採算店舗の増加などが挙げられるでしょう。そうした中で、原価率や品質の低下、正価への不信感などを招き、収益性・集客力低下といった負のスパイラルが起こっています。そうした傾向は、販売チャンネルの多様化によりECサイトでの販売が伸びている中で、百貨店・量販店でとくに顕著です。これまでの国内市場では、アパレルが百貨店に軒並みそろい、消費者が実際に手に取って商品を購入していく形式が主流でした。ところが昨今では、百貨店に代わる形でインターネット通販が大きく注目されています。インターネット通販は従来よりも便利になっており、商品の説明が丁寧に記載されています。SNSの発達によりモデル側の意見が取り入れられるようになった点や、配達産業の発達により商品が早く届く点なども、百貨店の市場状況が低迷しているのが原因です。


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