『未利用魚』という言葉そのものが好きじゃない」―
甲斐さんと釣りの関係性は幼少期にまでさかのぼる。「自動車整備の仕事をしていた僕のおじの影響が大きいですね。夏休みには車の納品や回収に連れ回されて、夕方になるといきなりイカ釣りに行くぞって釣り竿積まれて。その時のイカがやたらと美味かったのが記憶に残っています。」イカを刺身にする時の包丁の入れ方や、冷凍すると違った味わいになることなど、元々職人気質だったおじの元、なかば強制的に英才教育が施されていった。「帰ってきてからも道具の片付けと小アジを300匹くらいを捌き終わるまで寝られない、スパルタな幼少期を過ごしていました」甲斐さんがそこで学んだことは、釣りや魚の捌き方だけではなかった。「おじもそうですが、周りに自営業のスケジュールフリーな大人が多かったんですよ。『雇われずに自分のペースで仕事することの楽しさ』みたいなものは自然と感じていたかもしれませんね。」地元・熊本の大学で金属工学を学んだものの、大学院には進学せずに、東京のマーケットを見るために大手飲食チェーンに就職。3年ほど調理の基礎や店舗運営、新規店舗の立ち上げなど今のキャリアの基礎をしっかり学んだという。「実はそのころから“未利用魚・低利用魚”を仕入れるようになったんです」
「Kai’s Kitchen」の店主・甲斐昂成さんは普段、漁師とともに船に乗り、二宮の定置網の水揚げに同行している。定置網には流通に乗りにくく食用にされない魚が網にかかることも多い。そんな魚の中から宝探しのように、調理の仕方で驚くほど美味しくなる魚を探し、その日のメニューを決めるという。「例えば、深瀬でメジナを狙う時に、その外道でアイゴとかが釣れるんですけど、下処理の仕方一つで、全く別の魚のような味わいになります。未利用魚・低利用魚でも釣れた瞬間に適切な下処理をすればびっくりするくらい美味しく食べられるんですよ。」
甲斐さんに今後の展望を尋ねてみた。「全国各地で、未利用魚・低利用魚の利用法を開発してくださいというお話はよくいただきます。この業態を展開することによって、各土地の困り魚が解決していくので、やりたい人にはノウハウを全部渡したい。レシピを提供して、工場のオペレーションを組んでいくのはすごく楽しいですね。そういうお話がきたらどんどん1個ずつやりたいな、とも思っています。」時間をかけて積み上げてきたものも、欲しい人には惜しまず提供する。未利用魚・低利用魚の活用は総合水産業的にも重要なことだが、きっとその方が楽しそうだし、美味しい魚の食べ方をもっと研究したいという純粋な気持ちに素直に従って生きているようにも聞こえた。
仕込みを終えてメインの厨房へ。なめろうは宮崎県の島野浦という離島の漁師料理からヒントを得たもの。麦味噌と刻んだ玉ねぎに柚子胡椒が加えられ、味も食感も複雑なテクスチャーを帯びる。こういった、漁師さんとの関係性の中で生まれていったレシピが多いという。「九州はすべての魚を大切に食べるんです。だからフードロスの概念がそもそもない。以前は道の駅の魚屋さんで新鮮な未利用魚・低利用魚が格安で売られているのをよく見かけたのですが、10年前くらいからそういった業者も減ってきている。それ知ったのがきっかけで今の方向に進もうと思ったんです。」
上京して飲食業に勤め始めたころから未利用魚・低利用魚を仕入れていたのは、それ以前からの九州の魚事情がバックボーンにあったからだ。Kai’s Kitchenとしてお店を始めるはるか以前から、獲れた魚をすべて大切に食べるという姿勢は当たり前だったのかもしれない。「船の上で必要だと予測した分だけ仕入れてきているので、捨てることが全くないですね。刺身に使って、残ったらさつま揚げや南蛮漬けの原料に。骨も全部集めておいて、それを炊いてアラ汁にします。常時20種類ぐらいの魚が入ってくるので、いい出汁が取れるんですよ。今の時期にはその出汁で冬瓜を炊くんです。」聞いているだけで美味しさが伝わってきそうだ。
未利用魚の特性上、扱い慣れている人が少なく相談できる人もいないので、さばき方は自分で考えながら身に付けるしかない。まさにトライ・アンド・エラーの繰り返しだ。これまでさばいてきた魚介類は100種を優に超えるが、いまだに新たな発見もある。「知らないお魚を使っていると、似ているところから魚の傾向をつかめて、技の引き出しも増えてくる」と職人歴31年の今でも、腕を磨き続けている。 ■楽しい雰囲気 すし職人を志したのは、飲食店の中でも、調理しながらお客さんとの交流を楽しむことができるから。自身の経験からも「おいしくても、感じの悪いお店は嫌だ」と楽しみやすい雰囲気づくりを心がけている。 「そんなに強い思いはないけど、お客さんには今まで食べられることがなかった魚の魅力を知ってほしいな」と謙遜交じりにほほ笑む山川さんだが、その手から生まれるにぎりずしには確かな情熱が込められている。 ◇ 【鮨ヒカリズキ】蕨市中央1の3の4。月~土曜 は午後5時~同10時半まで。土曜のみランチ営業(午前11時半~午後2時半まで)。定休日は日曜と、祝日の月曜日。問い合わせは、同店(電話080・4172・5655)へ。
相模湾を望む神奈川県二宮町にある魚料理店「Kai’s Kitchen」。このお店では、「旬じゃない」「数が少なくて流通に乗りにくい」「調理が難しい」といった理由で捨てられがちな“未利用魚・低利用魚”と呼ばれる魚たちがメニューに並ぶという。
市場に出回らない魚介類、職人歴31年の腕でお薦めに 埼玉・蕨の鮨ヒカリズキ 「未利用魚」を扱うすし屋「手間をかける分、おいしくなるのは間違いない」
■等しい命 ヒカリズキは2022年9月にオープン。当初は店名にある通り、コハダなどの光り物のにぎりずしを中心に考えていたが、ある仲買人の言葉を転機に未利用魚の提供も始めた。「等しい命なのに、人間の都合で未利用とされてしまう。『未利用魚』という言葉そのものが好きじゃない」―。 日本の漁業では、漁獲した後の処理や仕込みが悪いだけで、おいしくない魚と判断されて廃棄されてしまうのが現状だ。しかし、「どんな魚もおいしくないわけがない。捨ててしまうのは単なる人間のエゴだ」と山川さん。元々は鮮度のいい魚を仕入れるために仲買人とはつながったが、今では珍しい魚介類の仕入れに協力してもらっているという。 ■光る技術 本来はおいしい魚でも、人間の都合で廃棄されるなど使われないのが、未利用魚。そんな未利用魚の魅力を知ってもらうため、仕込みの段階から、山川さんの技術が光る。 例えば、クロシビカマス。骨の数が多く、入り方も複雑だが、山川さんは全て手作業で抜いている。ブダイは、主食の海藻類の発酵臭が内臓から身に移り、おいしくないとされていたが、鮮度のいい段階で内臓を取ることで臭い移りを防ぐ。「手間をかける分、おいしくなるのは間違いない。命をいただくのだから、手を抜くことはできない」
クロシビカマスにブダイ、ヤリマンボウなど、お薦めに並ぶのは、聞いたことのないネタばかり。埼玉県の蕨の一角に店を構える鮨ヒカリズキ(蕨市中央)は、一般的に知られていないことであまり市場に出回らない魚介類、いわゆる「未利用魚」を扱うすし屋だ。10席ほどの店内は、お客さんの笑顔で日々、あふれている。店主の山川忠康さん(50)=蕨市=は「名前を知らない魚も、おいしいんだと知ってもらいたい」と、思いを込めながらすしを握る。


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