海外で人気者 観覧車の第二の人生
スペース・アイの他にも同社は「多摩テック」(東京都日野市、閉園)にあった「トップキャビン」(高さ約50メートル)をフィリピン・マニラに移した「SM MOA Eye」や、「福山ボウル」(広島県福山市、閉鎖)の「ビッグホイール」(2013年に撤去、約50メートル)をインドネシア・ジャカルタに設置した「J―Sky Ferris Wheel」など、四つの観覧車を移設した。
観覧車がアジア諸国に渡る理由について、宮崎次長は「アジアはかつての高度経済成長期の日本のように活気があり、若年層が娯楽を求めている。日本で使われた設備への信頼も高く、『中古でも欲しい』との要望が多い」と説明する。
カンボジア北西部のシエムレアプ。世界遺産「アンコールワット」から南西に約5キロの場所に、観覧車「アンコール・アイ」がある。
~中略~海辺に面した娯楽施設は、六甲アイランドにもあった。 「AOIA(アオイア)」 九一年の開業。広さ十三万五千平方メートル。工夫を凝らしたプールが人気を呼び、震災前(九四年)には年間二百二十万人が訪れた。 震災で液状化の被害を受けたのを理由に閉鎖。「休園中」のまま、四度目の夏を迎えた。 六甲ライナーの終点・マリンパーク駅からの連絡通路は途中で切れている。かすかに潮の香りがする、行き止まりの右手に、雑草の生い茂る更地が広がる。 ここに観覧車があった。日没とともに、華麗なイルミネーションが幻想的な世界へといざなった。 その観覧車は今、神戸で最も若者を吸い寄せる街、ハーバーランドへ移った。以前と変わらぬ姿で、潮風を浴び、ゆっくりと時を刻む。街の繁栄と、移り気な人々を見下ろしながら。
宮島(広島県廿日市市)や似島(広島市南区)が浮かぶ広島湾から陸のビル街までパノラマで一望できる。商業施設広島マリーナホップ(西区)の突端にある遊園地「マリーナサーカス」内にあるシンボルの観覧車。広島マリーナホップの12月1日の営業終了にともない、この風景も見納めとなる。ただ、耐用年数はまだまだ余裕。この観覧車はどうなるのだろうか。実は過去に国内で活躍した観覧車の中には、別の場所で「人気者」になったケースもある。
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高さ約85メートルの観覧車がライトアップされ、軸部分のディスプレーにカンボジアと日本の国旗が表示される。このアンコール・アイ、前身は2017年末に惜しまれつつ閉園した北九州市八幡東区のテーマパーク「スペースワールド」の観覧車「スペース・アイ」だ。
ウイングベイ小樽は、かつての大手流通、マイカル(旧ニチイ)が中心になって小樽市築港の貨物ヤードを利用、1999年に開業した大規模SCで当初は「マイカル小樽」と呼ばれていた。事業主体はマイカルグループのほか地元企業が出資した小樽ベイシティ開発(OBC)。そのOBCが2000年11月に設置したのが大観覧車「レインボークルーザー」。 観覧車の直径は50mで最高の高さは58m、北海道では2番目の大きさだった。 マイカル小樽の賑わいとともにこの大観覧車も人気を呼んだが、マイカルの破綻や景気低迷の影響でSC、大観覧車共にその後、長いトンネルに入ることになる。 2011年、故障もあって大観覧車は営業を停止、夜間のライトアップのみでわずかにその役割を果たしていた。それから4年、遂に大観覧車の買い手が見つかった。今年9月、正式に高松市の遊具開発会社「シーキュー・アメニック」が取得、同社は解体撤去して海外に売却する予定だ。 鉄くずに成り果ててしまうよりも海外で第二の人生を送る方が大観覧車にとっても小樽市民にとっても喜ばしいこと。それは分かっていてもゴンドラが消え、骨組みが日に日にやせ細って行く姿は寂しさを募らせる。 誕生してから15年、大観覧車も十分に仕事ができなかった悔しさを滲ませていることだろう。また1本、また1本と骨が消えていくたびに大観覧車からむせび泣く声が聞こえてきそうだ。
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