日米関税15 各業界への懸念点は
2025年5月中旬以降、日経平均株価は37,000円から38,500円前後でのレンジ相場が続いています。一方、6月13日にイスラエルがイランを攻撃して以降、両国の応酬が続いており、地政学的リスクが高まっています。また、6月16日(日本時間17日)に行われた石破茂首相とトランプ大統領による日米首脳会談では、関税協議について合意に至りませんでした。このように、株式市場には複数の懸念材料が浮上しています。これらのリスクイベントや今後の日本株式市場について、どのように捉えればよいのでしょうか。野村證券市場戦略リサーチ部長の池田雄之輔が解説します。
以上のような理由から、日米関税交渉は進捗が遅れ、とくに自動車関税の引き下げは難易度が高いことが明らかになってきています。参院選の投開票は7月20日が有力視されていますが、それまでに自動車関税の引き下げが決まる可能性は低そうです。日本側の事情としては、選挙前は様々な利害調整(例えば米国からの農産品の輸入拡大)が通常以上に難しくなります。また、対米輸出台数の多い日本と韓国は、ある程度の共同歩調をとる調整が必要になるかもしれません。
為替をめぐっては、トランプ政権はドル高傾向が米国製品の競争力を弱体化させ、貿易赤字を拡大していると訴えている。日本政府内にも、急激な円安基調を警戒する声があり、日米の思惑が重なる可能性はある。日米間の為替協議を財務当局間に限定させ、米国側の過大な要求をそらすことが日本にとっては課題になりそうだ[ⅺ]。
鉄鋼・アルミニウム関税など残された課題もありますが、いったん、日米間の関税交渉はひと段落となりそうです。米国政府は、まだディールが済んでいない国・地域との交渉に注意を向けることになるでしょう。その意味では、しばらくの間、米国から日本への要求が止むことを期待したいですね。
日本の高度経済成長以降、日米間には貿易不均衡とともに、為替や安全保障の負担など多様な課題が存在し続けている。日本政府は1980年~90年代に日米貿易摩擦・協議で譲歩を迫られた経験から、米国と一対一で包括的なFTA交渉を実施した場合、水面下で安全保障の負担などを問題提起され、一方的な市場開放を迫られることを危惧してきた。
自動車株が大きく値上がりしているのは、まさに自動車関税の緩和の影響が大きいでしょう。そもそも、株式市場の参加者は先ほどお伝えしたように、関税交渉の先行きについてやや悲観的な見方が多かった印象です。交渉が難航し、日米間の緊張感も高まっていました。その対立関係が和らぎ、今後、防衛、経済安全保障を含むさまざまな分野で「日米の協力関係が一層深まっていく」という期待が株価を押し上げた面も大きいと考えています。今後、日米政府から合意の詳細が明らかにされると思われますので、続報をしっかり追いたいところですね。
製品をアメリカに輸出する大阪の計測機器メーカーは、経営への影響を抑えられると評価する一方、中国に生産拠点があるため、米中間の貿易協議の行方が気がかりだとしています。大阪・吹田市に本社がある計測機器メーカーでは、自動車や半導体関連などの計測機器を中国の工場で生産し、アメリカへと輸出していましたが、トランプ政権による中国への関税措置を受けて、生産の一部を日本に移管していました。関税措置をめぐる日米の交渉で、相互関税を15%に引き下げることで合意したことについて、この会社では、経営への影響を抑えられると評価しています。ただアメリカ向けの製品のおよそ7割が、中国の工場から輸出されていることから、米中間の貿易協議の行方が気がかりだとしています。この会社ではリスクを分散するため、インドなどに生産や販売の拠点を設ける方向で準備を進めるなど、トランプ政権の動向を見ながらサプライチェーンを見直していく方針です。
日米景気については、これまでのところトランプ関税の影響がほとんど表れていない状況です。あえて言えば、米国の雇用統計がやや低調ですが、これはコロナショック以降の季節調整の乱れの影響を受けており「実体はそこまで悪化していない」という見方があります。アトランタ連銀が算出しているナウキャストでは、4-6月期の実質GDP(国内総生産)は前期比年率+3.5%ペース、という好調ぶりです。一方、日本の鉱工業生産統計では、5・6月の生産計画が電子部品・デバイスや機械などで強気になっています。また、非製造業の企業マインドも足下にかけて堅調に推移しています。
2017年の第1次トランプ政権によるTPP離脱後、日本は米国との2国間交渉を回避できなかった。しかし、副総理・副大統領間の調整を長期化させ、協議範囲を限定することによって、日米貿易協定の本文に為替条項が盛り込まれる事態は免れた。
今回の合意に防衛費の問題は含まれていない。石破首相は「経済のみならず、あらゆる分野での日米関係をさらに発展をさせ、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けてさらに取り組んでいく」と述べた。交渉途中に「関税と安保の問題をリンクさせるべきではない」(石破首相)と主張して安全保障の分野は除外された。今後米側から防衛費や駐留経費の増額の要求が出される可能性もはらむ。
カナダで開かれたG7サミット(主要7ヶ国首脳会議)の合間を縫って、日米首脳会談が行われました。事前には、赤沢亮正経済財政・再生相が6回目の閣僚級の対米関税交渉を終え、「合意の可能性を探った」とコメントしましたので、今回の石破・トランプ会談で、関税について何らかの合意があるかもしれないという淡い期待はあったかもしれません。しかし、結果は「ほとんど何も決まらず」だったと思います。なにより、協議の時間が30分しかなかったことが多くを物語っています。あえて合意した点があったとすれば「協議を継続」することでしょうか。
関税以外の要因として、中東情勢と日米景気についても簡単に触れておきます。まず、イスラエル・イラン情勢については、追加的な原油高のリスクは限られるというのが基本観です。(1)世界の原油生産に占めるイランのシェアは4%に過ぎない、(2)軍幹部や重要施設を失ったイランは反撃能力が大きく低下し、停戦交渉を優先、(3)ホルムズ海峡封鎖という強硬手段は原油価格に敏感なトランプ大統領の「参戦」リスクを高めるため非現実的、といった理由が挙げられます。
日米関税交渉が15%で妥結した。25%発動の最悪シナリオは回避されたものの、自動車、鉄鋼、農業など広範囲の業界で影響があるのは確実だ。輸出入に依存する業界では収益圧迫や価格競争の激化が避けられない。とくに自動車部品を扱う中小企業は、前途多難だろう。サプライチェーン全体でコスト転嫁される可能性が高いからだ。また、メーカーが現地生産へとシフトすることも大きな懸念材料である。農業分野においても似た問題を抱えることだろう。関連記事をまとめてみた。



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