少雨で田にひび 10日で枯れる
仏教の寓話に「長い箸」がある。地獄の食堂も極楽の食堂も混みあっている。机の上にはそれぞれたくさんのご馳走がところせましと並んでいる。さあ、食べようと思うものの、困ったことに手もとには、とてもとても長い箸しかない。もちろん、手で食べるのはNG。さてさて、どうするか?地獄の食堂の風景を覗いてみよう。みんながわれ先に食べようとするも、あまりに箸が長いので自分の口に食べ物を運べない。挙句の果てには、箸の先がとなりの人を突いてしまったり、互いに肘がぶつかり合って、あちこちで喧嘩が起こっている。一方、極楽の食堂では。みんなが美味しそうに食事を楽しんでいる。そう。長い箸で料理をつまみ、向かい合うもの同士が、お互いに相手の口に食べ物を運んでいる。とても満足そうな笑顔あふれる風景がそこにはあった。自分のことしか考えない人間が集まった社会では、奪い合いの結果、誰も利益を享受することができない。人は一人では生きていけないということをみんなでよく理解し、互いに協力し分かち合うことができる社会こそ多くの恩恵を受けることができる。そんなメッセージがこの寓話には込められている。米国のトランプ大統領が、全世界を対象にした相互関税の導入を発表した。各国に一律10%の関税を課したうえで、国・地域ごとに異なる税率を上乗せするという。戦後、構築されてきた自由貿易体制の大きな転換点となることは間違いない。各国が得意とする物品を生産し、必要とする国に供給する方が効率的で経済成長につながるとする経済学の「比較優位」の考え方はもちろん、保護主義による世界の分断が第二次世界大戦を引き起こしたことへの反省から、国際社会では自由貿易のルール作りが進められてきた。それはまさに、互いに協力し合うことで生まれた利益を分かち合うという思想に他ならない。結果、世界経済は大きく成長したし、その果実を最大限に得てきたのは米国のはずなのだが…。すでに、株価など世界経済は大きく動揺し始めている。「自国」第一主義を唱える彼の御仁に先ほどの寓話は届かないものか。この道が「地獄」へつながる道でないことを願っている。
「トランプ氏は間違いなく米国のソフトパワーにダメージを与えた」「米国の後退で生まれる空白を埋めることで、中国の影響力が増していくことになるだろう」つい先日のインタビューでも、国際政治の現状に対し深い憂慮を示されていたところだったのに。(2025年5月4日 日本経済新聞)連休明け、国際政治学者のジョセフ・ナイ米ハーバード大名誉教授の訃報が届いた。ナイ氏は学者としてだけではなく、クリントン政権で国防次官補を務めるなど実務家としても活躍。知日派の論客で、1990年代に冷戦の終結を契機とした在アジア米軍の縮小論が出た際にも、力の空白が紛争の危険性を高めると指摘し、在東アジア米軍10万人体制を維持する「ナイ・イニシアチブ」を提唱し、日米同盟やアジアの安定に大きな貢献を果たす。また、国際社会における「ソフトパワー」という概念を生み出したことでも有名だ。パワー(権力)とは、他者を自分の望むように動かす能力であり、威嚇による強制、金銭的な報酬、魅力の3種類がある。ソフトパワーとは、他者を魅了することによって動かす力で、その国が持つ文化や、国内社会の状況、政治政策・外交方針などで構成され、軍事力など以上に外交でも大きな力を発揮するとし、その重要性を主張した。紛争を解決する手段として武力の行使(ハードパワー)が頻発し、自国優先主義の横行、権威主義の台頭など、ソフトパワーとはまったく相いれない方向に世界が進み続けているこの時代に、一人の大きな知性と良心を失ったことは残念でならない。冒頭のインタビューでは、それでも不安定化する国際社会の中での日米関係の重要性は不変であると説いた。せめてその遺志を受け継いでいくことが巨星への弔いとなるにちがいない。
上越市にある正善寺ダム。貯水率は17.9%で、普段より10メートル以上水位が下がり護岸が見えています。
「奴雁(どがん)」という言葉をご存知だろうか。奴雁とは、雁(かり)の群れが餌をついばむ時、仲間が外敵に襲われぬよう首を高くして周囲を警戒する一羽の雁のことを指す。由来は、福沢諭吉翁が「群れた雁が野に在て餌を啄む(ついばむ)とき、其内に必ず一羽は首を揚げて四方の様子を窺ひ、不意の難に番をする者あり、之を奴雁と云ふ。学者も亦斯の如し」と述べ、学者に対して、未来に向けて警鐘をならしたり、時流に流されることなく皆がきづかない危険を察知する立場であるべきだと説いたところから来る。1980年代、中曽根内閣の下で前川レポートを取りまとめた前川春雄元日銀総裁が好んで使ったことで有名になった言葉でもある。この間、日本の国債市場において長期金利が上昇している。市場では40年物国債が3.675%まで上昇(価格は下落)し、昨年末からの上げは1%を超えた。30年物も3.185%になり、ともに過去最高を更新。5月に行われた20年物国債の入札でも2.6%を超えるなど、国債の発行を担う財務省幹部の想像をも超える水準となっている(2025年6月10日日本経済新聞「きしむ日本国債(上)」)。背景には、日銀が政策転換により国債の買い入れを減額していることがあるが、その減額を補うことを期待されている民間の金融機関の姿勢も鈍い。こうした長期金利の上昇が企業や個人の経済活動に対して負の影響を与えることは必至であるし、国や自治体にとっては利払い費の急増は行政サービスの提供にも影響を及ぼす。21世紀初頭に出版された経済小説のベストセラー、幸田真音氏の『日本国債(講談社)』では、国債の募集に際して応札額が大幅に不足する「未達」の世界が取り上げられ、我が国の財政に警鐘を鳴らした。それから四半世紀。今起こりつつあることは、フィクションだった世界が現実化する兆しなのだろうか。奴雁はどう見るだろうか。


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